ネットワークを構築・運用する際、ルーターがどのようにして最適な通信経路を選択しているのかを理解することは非常に重要です。

複数のルーティングプロトコルを併用している環境では、同じ宛先に対して異なる経路情報が届くことがあります。

このような場面で、どの情報を最も信頼すべきかを決定するための基準となるのが「アドミニストレーティブディスタンス(AD値)」という指標です。

本記事では、AD値の基本的な定義から、メトリックとの違い、主要なプロトコルのデフォルト値、そして実務での活用方法までを詳しく解説します。

アドミニストレーティブディスタンス(AD値)の基本概念

アドミニストレーティブディスタンス(Administrative Distance)とは、ルーターがルート情報の「信頼性」を判断するために使用する数値です。

一般的にAD値は「0から255」の範囲で表されます。

AD値が小さいほど、そのルート情報の信頼性が高いとみなされ、優先的にルーティングテーブルへ登録されます。

現代の企業ネットワークでは、静的ルート(スタティックルート)と動的ルーティングプロトコル(OSPFやEIGRPなど)を組み合わせて運用することが一般的です。

ルーターが異なるプロトコルから同じ宛先ネットワークへの経路を受け取った場合、このAD値を見て「どちらのプロトコルがより正しいことを言っているか」を判断します。

もしAD値という概念がなければ、ルーターはどの情報を信じて良いか分からず、最適なパケット転送ができなくなってしまいます。

そのため、AD値はルーティングの優先順位を制御するうえで、最も基本的な「重み付け」の仕組みと言えるでしょう。

AD値とメトリックの決定的な違い

ルーティングの優先度を語る際、よく混同される言葉に「メトリック」があります。

しかし、AD値とメトリックは役割が明確に異なります。

プロトコル内の指標「メトリック」

メトリックは、同一のルーティングプロトコル内において、どのルートが最適かを判断するための値です。

例えば、OSPFであれば「コスト」、RIPであれば「ホップ数」がメトリックとして使用されます。

同じOSPFというプロトコルの中で複数のルート候補がある場合、OSPFはメトリックが最小のものを選択します。

プロトコル間の指標「AD値」

一方でAD値は、異なるルーティングプロトコル間でどの情報を優先するかを判断するために使用されます。

たとえOSPF内のメトリックが非常に優秀な数値であっても、AD値がより小さいプロトコル(例えばスタティックルート)が存在すれば、ルーターはスタティックルートを優先します。

つまり、選択のプロセスとしては、まず「AD値によるプロトコルの選別」が行われ、その後に「プロトコル内でのメトリックによる選別」が行われるという流れになります。

「AD値はプロトコルの種類に基づく優先度」であり、「メトリックはプロトコル内部での距離や品質」であると整理すると分かりやすいでしょう。

主要なルーティングプロトコルのデフォルトAD値一覧

ネットワーク機器ベンダー(主にCisco Systemsなど)の標準的な設定では、プロトコルごとにデフォルトのAD値が決まっています。

以下の表は、一般的に使用されるAD値の一覧です。

ルートソース(情報の種類)デフォルトAD値信頼性の高さ
直接接続(Connected)0最高
スタティックルート(Static)1非常に高い
EIGRPサマリールート5高い
外部BGP(eBGP)20高い
内部EIGRP90中程度
OSPF110中程度
IS-IS115中程度
RIP120低い
外部EIGRP170低い
内部BGP(iBGP)200非常に低い
未知のルート(Unreachable)255信頼しない

この表から分かる通り、直接接続されたインターフェース(AD値0)が最も信頼されます。

管理者が手動で設定するスタティックルートはAD値が「1」となっており、自動で計算される動的プロトコルよりも優先されるようになっています。

また、動的プロトコル間でも、一般的に収束が速く高度な計算を行うEIGRPやOSPFは、古いプロトコルであるRIPよりも低い(信頼性が高い)AD値が割り当てられています。

なお、AD値が「255」である場合、ルーターはそのルートを信頼できないものとみなし、ルーティングテーブルには決して登録しません。

AD値による最適なルートの選出プロセス

ルーターがパケットを転送する際、ルーティングテーブルにどのようにルートが掲載されるのか、そのステップを見ていきましょう。

まず、ルーターは稼働しているすべてのルーティングプロトコルから宛先情報を収集します。

次に、同じ宛先ネットワーク(プレフィックスおよびサブネットマスクが完全に一致するもの)への情報が複数あるかを確認します。

ここでAD値を比較し、最も数値が小さいプロトコルからの情報を採用します。

採用されたルートのみが「ルーティングテーブル」という、実際にパケット転送に使用されるリストに掲載されます。

もし、同じAD値を持つ複数のルートが同じプロトコルから提供されている場合は、前述した「メトリック」によって比較が行われます。

さらに、メトリックまで同じであれば、多くのルーターでは「等コストマルチパス(ECMP)」として、複数の経路を同時に利用して負荷分散を行います。

重要なのは、AD値が異なる場合は、メトリックの良し悪しに関わらず、AD値が小さい方が「唯一の正解」として選ばれるという点です。

AD値の活用事例:フローティングスタティックルート

AD値を手動で変更することで、ネットワークの冗長性を高める高度な設計が可能になります。

その代表的な手法が「フローティングスタティックルート」です。

通常、スタティックルートのAD値は「1」ですが、これをあえてOSPF(110)などの動的プロトコルよりも大きな値(例えば150)に設定します。

すると、通常時はOSPFによる経路が優先され、スタティックルートはルーティングテーブルに現れず、バックグラウンドで待機している状態になります。

しかし、何らかの障害でOSPFの経路が消失すると、次にAD値が小さいスタティックルート(150)が自動的にルーティングテーブルに浮上(フローティング)してきます。

これにより、動的ルーティングのバックアップとして静的ルートを用意しておくことができ、耐障害性の高いネットワークを構築できます。

この仕組みは、メイン回線が光回線、バックアップ回線がISDNやモバイル回線といった、帯域幅やコストが異なる経路を使い分ける際に非常によく利用されます。

AD値を設定・変更する方法

実際にAD値を変更する際の設定例を確認してみましょう。

多くのネットワーク機器では、ルートを定義するコマンドの末尾にAD値を指定することができます。

以下は、CiscoのIOSデバイスにおいて、フローティングスタティックルートを設定する際のコマンド例です。

cisco
! 通常のスタティックルート(AD値はデフォルトの1)
ip route 192.168.20.0 255.255.255.0 10.1.1.1

! フローティングスタティックルート(AD値を200に設定)
ip route 192.168.20.0 255.255.255.0 10.1.1.2 200

この設定を行った場合の動作を確認すると、次のようになります。

実行結果
Router# show ip route
(中略)
S     192.168.20.0/24 [1/0] via 10.1.1.1
! AD値1のルートが表示されている

! 10.1.1.1側がダウンした場合
Router# show ip route
(中略)
S     192.168.20.0/24 [200/0] via 10.1.1.2
! 自動的にAD値200のルートがルーティングテーブルに登録される

このように、AD値を明示的に指定することで、ネットワークエンジニアはトラフィックの流れを意図通りに制御できます。

また、動的ルーティングプロトコル自体のAD値を変更することも可能ですが、これはネットワーク全体の整合性に影響を与えるため、慎重に行う必要があります。

AD値設計におけるトラブルシューティング

AD値は非常に便利な仕組みですが、不適切な設定は深刻な通信トラブルを引き起こす可能性があります。

特に注意が必要なのが、「ルート再配送(リディストリビューション)」を行う環境です。

ルート再配送とは、あるルーティングプロトコルの情報を別のプロトコルへ注入することを指します。

例えば、EIGRP(AD値90)の情報をOSPF(AD値110)に再配送しているネットワークがあるとします。

もし設定ミスによって、OSPFに渡った情報が再びEIGRPに戻ってくるような構成になると、本来のAD値とは異なる優先順位が適用されてしまうことがあります。

その結果、パケットが同じ場所をぐるぐると回り続ける「ルーティングループ」が発生したり、最適ではない遠回りの経路が選ばれたりすることがあります。

複数のプロトコルが混在するマルチベンダー環境や、企業の合併などでネットワーク同士を接続する際には、それぞれのプロトコルのAD値がどのように干渉するかを事前に設計しなければなりません。

また、ベンダーによってはデフォルトのAD値が異なる場合があるため、異なるメーカーのルーターを混在させる際は必ずドキュメントを確認しましょう。

まとめ

アドミニストレーティブディスタンス(AD値)は、ルーターがどのルート情報を信頼するかを決定するための、いわば「情報の格付け」です。

0から255の数値で表され、値が小さいほど優先度が高くなるというルールをしっかり覚えておきましょう。

メトリックがプロトコル内部の距離を示すのに対し、AD値はプロトコルそのものの信頼度を示すという違いが非常に重要です。

デフォルトのAD値を把握し、フローティングスタティックルートなどの技術を活用することで、より柔軟で堅牢なネットワークを構築することが可能になります。

日々の運用やトラブルシューティングにおいても、ルーティングテーブルに期待したルートが表示されない場合は、まずこのAD値の競合を疑ってみるのが定石です。

ネットワークエンジニアとしての基礎スキルとして、AD値の仕組みを深く理解し、適切な経路制御を行えるようにしましょう。